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大学とは?/ レイク

[ 279] SANSPO.COM > 野球
[引用サイト]  http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200805/bt2008052803.html

東京六大学野球第7週第3日(27日、神宮)法大−明大3回戦を行い、明大が野村祐輔投手(1年)、岩田慎司投手(4年)の完封リレーで6−0と法大を下し、2勝1分け。勝ち点5の完全優勝で、8季ぶり32度目のリーグ制覇を果たした。早大は4季連続優勝を逃した。故島岡吉郎元監督の精神を受け継いだ“ニュー人間力野球”で栄冠を奪回した明大は、4年ぶり15度目となる全日本大学野球選手権(6月10日開幕、神宮ほか)出場も決めた。◇試合結果へ ウォー!! 九回一死一、二塁。最後の打者が投ゴロ併殺打に倒れる。明大ナインが雄たけびをあげマウンドへ一直線だ。救援したエース岩田を中心に歓喜の輪ができ、善波(よしなみ)監督、岩田ら選手が、次々と神宮の杜の空へ舞った。 「1戦1戦チーム全員で戦ってきてその成果が出た。サイコーです!」 岩田の言葉通り、チーム一丸での優勝だった。 昨季の主力は捕手の中野ら数人で、投手陣に至ってはゼロ。開幕前の評価は決して高くなかったが、経験の少なさは明治伝統の精神力とチームワークでカバーした。 善波新監督の下、気持ちを前面に出す野球を目指した。善波監督は昨年12月に星野ジャパンが熱闘を演じた、北京五輪アジア予選(台湾)のDVDを選手に何度も見せた。また今月23日に明大OBの星野監督から、「相手をなめるな。なめるなら飲み込め」という激励の言葉をもらい、選手に伝えていた。 通算1勝の岩田は今季リーグ最多13試合に登板し、リーグトップの4勝。今季が初登板の右腕・江柄子(えがらし)は3勝。5番・佐々木は右手首骨折が完治していない中で復帰した。実績ある選手が少ない分だけ、上下関係の窮屈さを感じない明るいチームが完成。明大で脈々と受け継がれる“人間力野球”にさらに、伸び伸びした雰囲気が加わった“ニュー人間力野球”で、早大のV4を阻止した。 「東京六大学の代表として選手権をしっかり戦いたい」と佐藤主将。次の目標は6月10日から始まる全日本大学野球選手権。“ニュー人間力野球”で1981年以来、6度目の優勝に挑む。(近藤安弘)
★基本を徹底 就任1シーズン目に優勝を果たした善波監督=写真=は「ちょっとだけホッとしています」と、満足そうに笑顔をみせた。明大では捕手として活躍し、4年時には主将を務めた。今春から監督に就任すると選手と寮生活を共にし、風呂場では裸のつきあい、上級生とは酒を酌み交わしながらコミュニケーション強化を図った。指導では全力疾走など基本を徹底した。佐藤主将も「当たり前のことを当たり前にこなすという意識が高まった。それが試合での動きにつながった」と、新監督を見つめていた。明大のチアリーダーは、水をかぶって体当たりの応援でVを引き寄せた(撮影・寺河内美奈)
★チアも気合の水かぶり応援 明大の一塁側内野席では、チアリーダーが水をかぶって体当たりの応援をするなど、ナインを後押しした。明大応援団は、昨年リーダー部が暴力事件を起こし、今年1月に廃部。今季は、吹奏楽部とバトン・チアリーディングによる“新応援団”で行った。吹奏楽部の学生が詰め襟の学生服姿で大声を張り上げ、スタンドを盛り上げた。◆北京五輪野球の日本代表・星野監督「(善波監督は)1シーズン目からの優勝はすごい。たいしたもんだ。早大戦でああいうドラマがあって、乗っていけたんだろう」◆ヤクルト・高田監督「8季ぶりのリーグ制覇おめでとうございます。善波新監督の下でチーム一丸となり、優勝を勝ち取ったことを心からお祝い申し上げます」◆楽天・一場投手「僕たちのときもそうでしたが、早稲田を止めたいという気持ちで選手は頑張ったと思う。テレビで応援していても、後輩たちから強い気持ちを感じることができた」■明大野球部 1910(明治43)年創部。25(大正14)年に東京六大学連盟に加盟し、27(昭和2)年に六大学リーグ初優勝を飾った。52(同27)年に就任し、総監督時代を含めて37年間指揮をとった島岡吉郎監督が掲げた「人間力野球」で黄金時代を築き、秋山登、高田繁(現ヤクルト監督)、星野仙一(現北京五輪野球日本代表監督)、川上憲伸(中日)ら多くのプロ野球選手が輩出。優勝32度(1位は法大の42度)、リーグ戦通算成績は1075勝736敗91分け。練習グラウンド、合宿所は東京・府中市若松町。善波達也監督。■人間力野球 応援団出身で、野球経験のない故島岡吉郎元監督の試合中の口癖が「何とかせい」。そこで何とかするためには、学業や普段の生活も含めた人間としての生き方が大事という考えで、同監督は合宿所の便所掃除など、人がいやがるような仕事は4年生に率先してやらせた。監督の信頼や仲間の気持ちに応えようとする姿勢が、土壇場で力を生む、それが「人間力」と称された。

 

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